「表現の自由」というけれど… 

先日ギュムリの町で起こった殺人事件の容疑者として逮捕されたロシア人兵士は、やっぱり酔っていたのかドラッグでもやっていのか、取り調べ中も意味不明の発言をしているようです。恨みでも何でもなく、たまたま襲われただけだとしたら、殺された家族が本当に可哀想…亡くなった家族の冥福を心から祈りたいと思います。

そういえば、フランスでも大変なテロ事件がありました。新聞社「シャルリー・エブド」がイスラム過激派に襲撃されて、12人もの死者を出した事件です。ムハンマドの風刺画などを掲載していた同新聞社が、イスラム教を冒涜した制裁として攻撃されたそうです。これも本当に酷い事件で、被害者のことを思うと胸が痛みます。

多くのフランス市民が、この事件を「表現の自由」に対する攻撃だと非難し、「私はシャルリー」という合言葉を掲げる連帯運動が盛り上がっています。各国首脳が参加して大規模なデモ行進も行われました。同新聞社は、「テロに屈しない」という意思を示すため、その翌週に敢えてムハンマドの風刺画を新聞表紙に掲載しました。通常6万部ほどの販売部数が500万部に達する勢いだそうです。

もちろん一般人の命を奪うテロは絶対許されることではありません。しかし、「表現の自由」の名の下では何でも許されるかというと…私はそうは思いません。シャルリーは、イスラムに限らず、あらゆる権威に対して痛烈な風刺や批判をする新聞ですが、イスラム教では預言者ムハンマドの偶像自体がタブーとされています。また過去には、爆弾を持ったムハンマドの風刺画が掲載されたこともあり(その他にもけっこう酷いのがある)、原理主義や過激派でもない一般のムスリムたちも激怒しました。

最近日本で問題となっているヘイトスピーチも、私は同じように思います。「ぶち殺せ!」「死んじまえ!」「クズ!」などの罵詈雑言を街頭で叫ぶことが正しい抗議行動でしょうか。人の尊厳を踏みにじって不快な思いをさせることは「表現の自由」と言えるでしょうか。これも一種の暴力じゃないでしょうか。

同事件について、ローマ法王はテロ行為を厳しく非難しつつ、「もし友人が私の母のことを罵ったら、パンチが飛んでくるだろう。それは当たり前のことで、表現の自由にも節度が必要だ」と述べたそうです。自分の正義を振りかざして他者への配慮が欠ける点ではシャルリーも同じだったかもしれません。

ところで、当事国のフランスには、ムスリム女性の顔や体を覆うブルカを公共の場で着用することを禁止する法律があります。また、成立には至っていませんが、「オスマン帝国が行ったアルメニア人虐殺の事実を公の場で否定することを禁止する」という法案も過去に何度か議会で可決されています。

「表現の自由」を冒してはいけない大切な権利だと主張するのであれば、道徳ではなく国家権力でそれを規制しようとするこれらの法律も、フランス市民の間でもっと問題視されるべきではないでしょうか…今回のテロ事件で声高に叫ばれる「表現の自由」について、私個人はいろいろと矛盾を感じています。

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今回の記事と関係ありませんが、妻と息子の微笑ましい写真が撮れたので載せておきます。民族や宗教が違っても、みな同じ人間ですから、互いに憎しみ合ったり殺し合ったりするなんて悲しいことですね…

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