アルメニアは3日間の服喪期間 

今週前半は雨がちの天気でしたが、昨日から雲ひとつない青空が広がっています。安定した天気が今週は続くみたいですが、気温はどんどん下がるようです。でも、月曜が冬至で、それ以降は少しずつ日が伸びるのは嬉しいです。

一昨日・昨日は、私がお手伝いしている現地のIT企業の社員旅行があったので参加してきました。ツァフカゾールというリゾート地のコテージを借りて、みんなで夜遅くまで楽しい時間を過ごしました。私がチームで最年長ですが(30歳前半ぐらいに見られるけど)、若いメンバーたちと最後まで飲んで踊っていました。これから雪が十分に積もれば、来月は家族とそこにスキーに行きたいと思っています。

ちなみに、そのIT企業はアルメニアではかなり大きな会社で、先日あるプログラムを発表しました。戦争で障害を負った兵士たちのためのIT教育プログラムで、彼らが専門スキルを身に付けて、将来より良い生活ができるよう支援することが目的です。重い障害を負った兵士やその家族のことは深刻な社会問題ですから、大いに役立つ素晴らしい事業だと思います。

前回の記事に、停戦以降初の軍事衝突が起こったと書きましたが、問題の場所は結局アゼルバイジャンの支配下に置かれたようです。取り残されたアルメニア人兵士らも、ロシアの平和維持軍の仲介で脱出してアルメニア本土に戻ってきました。また、捕虜になっていた兵士らのうち44人が帰国しました。依然としてアゼルバイジャンに拘束されたままの捕虜がいるため、その返還が喫緊の課題となっています。

また、現在いろいろ議論されているのは、アルメニア南部にあるシュニク地方の安全問題。特に州都のカパンという街は、たった1キロ先がアゼルバイジャンとの国境になるため、深刻な懸念が持たれています。というのも、戦争前はアルメニア側がカラバフ周辺地域を実効支配していたのですが、それらの地域が返還された今、ソ連時代の国境線が基本となり、アゼルバイジャン軍が間近に迫る状態になったのです。

カパン周辺の村々やカパンに通じる道路などもアゼルバイジャンとの国境線すぐ近くにあり、同じく深刻な安全面の問題に晒されています。そのため、住民らが抗議活動を行い、政府に安全保障を要求しています。もちろん政府も、そのリスクについては理解しており、当該地域の国境線にはロシア軍も配備される予定です。また来週月曜には、パシニャン首相が住民らと対話するためにシュニク地方を訪問するそうです。

あと、今日から3日間は戦没者追悼の服喪期間となっています。パシニャン首相ら政府高官も参加して、共和国広場から軍記念墓地まで追悼行進が行われました。野党グループ「救国運動」も、エレバン中心部で追悼集会を開きました。しかし、パシニャン首相の辞任を求める市民らが軍記念墓地の入り口で抗議デモを行い、現場は一時騒然としたそうです。ネット上でも、相変わらず様々な意見や投稿が飛び交っています。

このように国内情勢はまだ混沌としていますが、個人的には残念に思います。停戦後からずっと、自分の意見を絶対的正義だと信じて、国民同士が頑なに主張しあい、時には対立する状況に心を痛めています。だからこそ、せめてこの3日間は、政治的な問題から距離を置いて、ただ静かに戦争で亡くなった兵士のために喪に服してほしかった…

まだ遺体回収作業が進められていますが、1か月半の軍事衝突で5千人前後が亡くなった可能性もあります。その多くは20歳満たない若者で、20代や30代の兵士であれば、妻子を残して旅立った人も多いでしょう。私の同僚の弟さん、また妻の親友はまさにそうでした。本人の無念と遺族の悲しみを思うと本当にやり切れません。私にすると、彼らは敵に殺されたとか、政府に裏切られたとかという思いはなく、全て戦争によって尊い命を奪われた犠牲者です。同じ悲劇が繰り返されないことを祈りつつ、哀悼の意を心から捧げたいと思います。

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今日、追悼式典が行われている「三つの丘」と呼ばれる軍記念墓園。今月初めに鮄川さんと訪問しました。戦争がなければ、こんなに早く消える命ではなかったかもしれません。静かに冥福を祈りたいと思います。

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