戦争そして敗戦の悲劇
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昨日、ロシアの有名なアルメニア人俳優アルメン・ジガルハニアン氏の訃報がありました。300本もの映画に出演し、数多くの賞を受賞した名優です。享年85歳。このニュースに、アルメニア人はショックを受けていました。
さて、ナゴルノ=カラバフを巡る戦争を終結させるために停戦合意が締結されてから1週間が経ちました。前回の記事に書いたように、多くのアルメニア人は今回の停戦合意に納得しておらず、悲しみと落胆、不満と怒りを抱えています。そして、パシニャン首相と現政権を非難する声が上がっています。2年半前の革命で英雄扱いされた人物が、今や売国奴のレッテルを貼られて、その名声が地に落ちるとは…
この状況を利用して政権奪取を狙う17の野党が、連日パシニャン首相の辞任を求めるデモを主導していますが、醜い権力争いにしか映らないため、デモの規模は次第に縮小しているようです。主導している政治家たちも、全く国民から信用されていませんからね…とはいえ、パシニャン首相の引責辞任の可能性は十分あるので、政局は混乱するかもしれません。逆にアゼルバイジャンは、今回の勝利でアリエフ一家の独裁がさらに盤石なものとなったでしょう。
そのアゼルバイジャンに返還される予定の地域に住む住民が、アルメニア本土への移動を開始しています。アゼルバイジャン人の手に渡るぐらいならと、住み慣れた家を泣く泣く燃やしている人が多いようです。昨日は、校長が学校建物を燃やす映像がありました。故郷を追われる彼ら避難民の姿を見ると胸が痛みます。
また、返還される領土にあるアルメニアの歴史文化遺産の運命についても、多くの市民が不安に感じています。返還後はアゼルバイジャンのものになり、訪問することさえできなくなりますが、さらにそれが破壊されるのでは…と危惧しているのです。中には、紀元前2世紀まで遡る貴重な遺跡もあります。実際にアゼルバイジャンは、これまで多くのアルメニアの歴史文化遺産を破壊・抹殺してきたからです。すでにシューシのガザンチェツォッツ大聖堂に落書きされている写真がネットに流れていました。
前回の記事に登場したダディ修道院も、その破壊から免れるため、神父がずっと留まり続けると述べたり、貴重なハチュカル(十字架石)などを運び出すなどの話もありました。しかし、幸いロシアの平和維持軍が駐留し、その安全が保証されることが決まりました。観光はできないかもしれませんが、宗教活動は今後も行われるそうです。他の場所も、同様に安全が守られたらいいのですが…
そのロシアの平和維持軍は、すでにほとんどの駐留地域に配備されており、今のところ停戦違反行為は起きていないようです。アルメニア軍の撤退も進められています。ロシアにとって、アゼルバイジャン領内に堂々と自国軍を展開できるのは大きなメリットです。また、アルメニアは一層ロシアに依存せざるを得ません。結局、今回の戦争で最も利益を得たのはロシアと言えるでしょう。
停戦が実効されている中で、やっと遺体回収などの作業が本格的に進んでいます。そのため、公表される兵士の死者数がものすごい勢いで増えています。現在2,317名となっていますが、さらに増えることは確実で、最終的に3千人や4千人に達する可能性もあります。アルメニアの人口は3百万ほどなので、もし日本であれば、すでに10万人近くが亡くなったことになります。しかも、そのほとんどは若者で、たった1か月半の間にです。シューシ近くの山道に横たわるアルメニア人兵士の死体の山の写真もありました。悲惨すぎます…
生還した兵士たちの中には、手足や視力を失ったり、PTSDを患ったりする人も多いと聞きます。実際に、手や足を失って入院中の若い兵士たちの写真を見ましたが、重い障害を抱えて生きていく今後の人生、また彼らを支えなければいけない家族のことを思うと心が重くなります。
もちろん上記のことは、アゼルバイジャン側にも起こっています。30年前の戦争では事実上の敗北となり、領土を失って、90万人もの難民が発生しました。ソ連崩壊で経済が破綻していた時期だったため、大きな社会問題になりました。今回の戦争では、アゼルバイジャンは兵士の死者数を一切公表しませんでしたが、1万人以上が亡くなった可能性もあるそうです。ということは、身体や精神に障害を負った人もかなりの数に上るでしょう。
しかし、向こうは戦争に勝った側であるため、それらの大きな犠牲は仕方なかった、そしてそれが報われたと多くの人は考えます。国民は歓喜と希望に沸き、ポジティブなニュースで溢れます。指導者は英雄と称えられ、これまでの言動が全て正当化されます。今となっては、トルコの過剰な関与、シリア人傭兵やテロリストの派遣、民間人への攻撃などについて国際社会もほとんど問題にしません。
一方、負けた側は深い喪失感と悲しみに暮れ、スキャンダルやネガティヴなニュースで溢れます。大本営発表を行い、屈辱的な決定を下した指導部に対して不信と疑惑が渦巻ます。敗戦の責任や罪は誰にあるのか追求が始まり、指導者は厳しい批判に晒されます。国民同士で意見が別れ、それに乗じて醜い権力争いが起こります。難民などの問題から、国の将来への不安、そして敵国への憎悪が高まります。
この戦争では、勝者と敗者、得る側と失う側、恨む側と恨まれる側が完全に入れ替わる結果となりました。そのコントラストがあまりに残酷で、事実上の敗北となったアルメニアに住む私も辛い気持ちになります。戦争は勝敗で全てが決まると何度か書きましたが、実際に起こっているこの過酷な現実には、本当にやるせなくなります。母国・日本の戦争と敗戦の歴史は、一体どれほど悲惨なものだったのだろうか…そんなことも考えてしまいます。
この領土紛争と民族対立は根が深い問題であり、まだ戦争が終わったばかりの今、ここに住んでいるとはいえ外国人の私が、アルメニア人に対して容易くかけられる言葉などありません。平和が大事だとか、憎悪の連鎖を立ち切れだとか、早く前を向こうなんて言葉はただただ虚しく響くだけでしょう。とにかく今は、希望を失わず、アルメニアの情勢をなるべく冷静に見守りたいと思います。
アルメニア本土とカラバフを繋ぐ北ルート。南ルートはアゼルバイジャン領となるシューシと結ばれているため、当分はここが交通路となります。難民の出国や帰還もこのルートで行われています。
アルメニア本土とカラバフを繋ぐ「ラチン回廊」と呼ばれる南ルートの峠。シューシを迂回してステパナケルトに繋がる道路が建設される予定で、その後は唯一の交通路として残ります。
2年前に旅行した時、このラチン回廊も、のどかそのものでした。景色も雄大で美しく、最高のドライブルートでした。
カラバフの重要な供給路であるため、アゼルバイジャン軍が封鎖しようと激戦地となりました。ステパナケルトと直接結ばれた後も、ロシアの平和維持軍が管理します。
- [2020/11/15 19:01]
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