2015年を振り返るスライドショー
昨日から降り続く雪が積もって、外は真っ白です。さて、今日で2015年も終わり。いろいろありましたが、お陰様で今年も素晴らしい1年でした。桜咲く春の日本を家族で訪れることができたし、良い出会いに恵まれました。ただ、義祖母との別れという悲しい出来事もありました…
しかし、それはいつか誰しもが経験すること。心の準備ができていたので、今は私も家族も元気にしています。やはり息子アレンの存在が大きく、今年も健やかに成長してくれて感謝です。先日は通っている幼稚園で子供たちの発表会があったんですが、ほとんどずっと泣きぱっなし…父兄がたくさん来ていて驚いたのと、他の子供たちが泣いているから不安になったんでしょう。春にも同様のイベントがあるそうで、その時は泣かずに頑張ってほしいと思います。
ずっと「ママ~」と言って泣いていたアレン。まだ2歳だし、周りの子供たちも泣くし、そりゃ不安になるわな・・・
サンタが来てくれて、子供たちは大盛り上がり。それでも泣きやまない子がいましたが…
ママに抱っこされて笑顔を取り戻したアレン。来年春のイベントは泣かずに頑張って!
相変わらず経済的に楽ではなかったですが、エレバン国立大学やいろはセンターなどでも教える機会を得て、忙しいながらも好きな仕事に打ち込めた充実の1年でした。幸い大きな病気や怪我もせず健康に過ごせました(ちなみに今年は本厄でしたが…)。来年も家族みんなが健康で幸せでいてほしいと願っています。
今年もたくさんの方々にお世話になりました。本当にありがとうございました!皆さんにとって2016年が素晴らしい1年になりますようお祈り申し上げます。よいお年をお迎えください!
毎年恒例の1年を振り返るスライドショーを作りました。どうぞご覧になって下さい!
- [2015/12/31 16:22]
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「消えた声が、その名を呼ぶ」が日本で公開
昨日は世界中でクリスマスが祝われましたが、アルメニアのクリスマスは1月6日なので、特に何もありませんでした。しかし、エレバン中心部はクリスマスのイルミネーションで飾られています。それを見ると「もう今年も終わりか…」と、1年があっという間だったように感じます。今年もいろいろありましたからね。
今日から日本で、アルメニア人虐殺を題材にした「消えた声が、その名を呼ぶ」という映画が上映されます。監督は、ベルリン映画祭やカンヌ映画祭などで受賞歴のある若き名匠ファティ・アキン。なんと彼はトルコ系ドイツ人。そのトルコ系の監督が、悲惨な歴史を通して描こうとしたのは普遍的な家族愛。これは見てみたいですね。皆さんも、ぜひ劇場に足を運んでみて下さい!
一斉公開ではなく、東京を皮切りに各地で順次公開される予定です。公開時期や劇場情報については、映画の公式サイトをご参照ください。(こちら)
さて、今週は上智大学の職員の方がアルメニアを訪問され、エレバン国立大学に来て下さいました。今回はあくまで個人旅行だったそうですが、大学のパンフレットも持参されて、将来的に大学間の交流ができたらと熱心にお話して下さいました。先日の筑波大学に続き、大変有難いお話です。少しずつ具体化していけたらと思います。
林さん、今回はどうもありがとうございました!またアルメニアにいらっしゃって下さい!
そういえば、アレンが散髪しました。女の子みたいに長くなっていたし、前髪が目に入って嫌がる時もあったので、ばっさり切りました。子供用の床屋で切ったので、けっこう様になっています。本人もすっきりして気持ちよさそうです。初めて床屋に行った時はずっと泣いていましたが、今回ぐずったのは始めだけで、あとは大人しくしていたそうです。
前回のことを思い出すと信じられませんが、いろいろな面で成長しているんですね。最近は、寝ている時でもおしっこしたくなると、ちゃんと起きて子供用トイレでしますし、言葉も自然に動詞の未来形や過去形、命令形を使い分けし始めました。そんな子供の成長を見るのは本当に嬉しいものです。
すっきりした髪型のアレン。これも可愛らしい。義母が買ってくれたおもちゃで遊んでいます。「シュッポッポ!」と言って大喜び。
ぐっすり眠るアレン。おしっこしたくなると自分から起きてくれるので、おむつが一晩中濡れない時があります。
- [2015/12/26 17:05]
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筑波大学がエレバン国立大学を訪問
寒い日が続いています。その寒さのせいか息子アレンは先週半ばに扁桃腺を腫らしてしまい、また幼稚園を休んでいました。お陰様で、もうすっかり元気になったので、今週から幼稚園通いを再開しています。
昨日は義祖母のお葬式から7日後でした。アルメニアの習慣で、家族みんながお墓参りに行っていました。私も行きたかったのですが、アレンの面倒を見なければいけなかったので家に残っていました。妻も義母もいなくなるから泣くだろうなと思ったら、ずっとお利口さんにしてくれて助かりました。
元気になったので、アレンをデパートの児童遊戯場へ連れて行ってあげたら、すごく喜んでいました。
ところで、我が家は義祖母が亡くなるまで4世代が同居していました。今は3世代同居。まさに日本の現政権が少子化対策として奨励している家族形態です。実際に子育てなどで助かる部分が多く、私自身は同居は本当に良い選択だったと思っています。皆さん、マスオさんも悪くないですよ!
しかし、私がそう肯定的に思えるのはあくまで結果論であって、これを政策として推し進めるのは如何なものか…核家族化は、経済発展によって個人の生き方が多様化し、選択の自由が増えれば避けられない現象。もし本気で少子化を食い止めたいなら、価値観を昔に戻そうなんてアホなことせず、時代にあった形で、結婚や子育てをしやすい環境を作る方が何倍も有効だと思います。
残念ながら、政府にはそういう考えがあまりないようです。未来を担う若者を支援するどころか、低所得年金受給者への現金給付を決めたり(これも大切なことではあるけど…)、一億総活躍なんて意味不明の役職を作ったり、的外れなことばかりしていますからね。ある統計によると、今後50年で人口が4000万以上も減る日本…小手先の政策ではなく、かなり思い切ったことしなければ何も変わらないでしょう。
さて、先週の半ばに筑波大学の方々がアルメニアを訪問され、私が教鞭を取るエレバン国立大学に来て下さいました。コーカサス地域の大学との協定締結を具体的に進めたいというお話に驚きましたが、とても有難いことなので、大学関係者も学生たちも喜んでいました。是非とも実現してほしいと思います。
筑波大学の方々は2年生の授業を見学されました。学生がみんな日本語で自己紹介しました。
遠いアルメニアまで来て下さって感謝です。近い将来、大学間の協定が結ばれることを祈っています。
そういえば、先週の天皇誕生日レセプションについて何も書いていませんでした。レセプション出席中に義祖母が亡くなったので、最後は急いで退席してしまいましたからね…今回は新しい公邸料理人の方が天ぷらを目の前で揚げて下さったり、櫻田さんが巻き寿司を作ってくれたりと、日本色が強く出ていました。短い時間でしたが、ご招待ありがとうございました!
新しい公邸料理人の方が天ぷらを揚げて下さいました。揚げたての天ぷらはとても美味しかったです。
レセプションでの夫婦写真。正にこの時に義祖母が息を引き取りました。死に目に会えなかったのは本当に残念ですが、これも運命と受け止めるしかありませんね…
- [2015/12/22 02:08]
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引き継がれる命のバトン
先週亡くなった義祖母のお通夜やお葬式が無事に終わりました。棺の中で眠っているかのように横たわる義祖母を見た時は、やはり胸が締め付けられました。妻も、最後のお別れの時は辛そうに泣いていました。でも、家族や親戚に見守られながら、義祖母は安らかに天国へ旅立つことができたと思います。
お葬式が終わって、家の鏡やガラス扉などを覆っていた布が外されました。アルメニアでは、姿が映るものに亡くなった人の霊が閉じ込められるという迷信があるのです。義祖母がいないことにふと寂しさを感じる時はありますが、少しずつ普段どおりの生活に戻っています。
何より息子アレンの存在が、太陽のように明るく照らしてくれています。やはり義祖母が亡くなったことをよく分かっていないのか、アレンだけはいつもと全く変わりありません。義祖母の妹さんが葬儀に出席するためにグルジアから来ていたのですが、義祖母によく似た彼女を見て、「マロ!(義祖母の名前)」と嬉しそうに言っていました。
本当の義祖母はもうこの世にいないので、少し不憫に思いつつも子供の無邪気さに心が癒されました。周りも、「そうだよ、マロが帰ってきたんだよ」と笑っていました。アレンの言動で場が明るくなる様子を見ていると、子供の存在の大きさを改めて痛感します。アレンのお蔭で、妻や義母もすぐに笑顔を取り戻すことができました。
当たり前のことですが、人はいつか必ず死を迎えます。しかし、死は新たな命を生み出すために必要不可欠なもので、生まれて死んでいくという自然のサイクルを繰り返しながら人は命を繋いできました。義祖母は亡くなりましたが、その血は確実にアレンの中に流れています。そういう意味では、義祖母は今も私たちと一緒にいるのです。
アレンの存在は、大切な命のバトンが引き継がれたことを実感させてくれます。人の死は決してただ悲しいだけの出来事ではないと教えてくれます。そして、義祖母のためにも前を向いて生きていこうと励ましてくれます。子育ては大変ですが、子供がいて本当に良かったと思います。アレン、ありがとう!
ポケットに手を入れてポーズを決めるアレン。親バカで恐縮ですが、可愛いらしい!
アンパンマンが大好きなアレン。ネットで関連動画を飽きずに見ています。最近は、「次、これ見る!」と言って自分でタッチして操作できるようになりました。
- [2015/12/18 20:08]
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義祖母が天国へ旅立ちました
9月下旬からずっと体を壊していた義祖母が、木曜の夜7時過ぎに亡くなりました。享年83歳。今晩お通夜が近くの教会で行われ、明日はお葬式の予定です。
その日、天皇誕生日レセプションに出席していた私と妻は、残念ながら死に目に会うことができませんでした…悔いは残りますが、実際の人生では映画やドラマのように最期の瞬間を選ぶことなど誰もできないので、こればかりは仕方ありません。
回復の見込みがなかったとはいえ、こんなに早く逝ってしまうなんて想像しませんでした。日に日に弱っていく義祖母のことは心配でしたが、少なくとも一緒に年を越せるつもりでいました。妻も、「まさか今日亡くなるなんて…」と信じられない様子で、目を真っ赤にして泣いていました。実の祖母を亡くした妻の悲しみを思うと、私も本当に辛かったです。
ただ、住み慣れた自宅で、最後は苦しむことなく安らかに息を引き取ったと聞いて、少し救われたような気がしました。みんな心の準備はできていたからか、妻も妻の家族も次第に元気を取り戻していますし、私も少しでも支えになろうと励ましています。何より息子アレンの存在が、妻を笑顔にしてくれているようです。
そのアレンですが、義祖母が亡くなる時はずっと大人しく椅子に座っていたらしく、「本当にお利口さんだった」とみんな褒めていました。意外に息子は、私たちとは違う形で死というものをちゃんと理解しているのかもしれません。ブログに書きましたが、3週間前に突然アレンが誰もいない方を見て「お爺ちゃん!」と言っていたのは、義祖母の旅立ちが近いのを感じ取ったからではないでしょうか…
義祖母は、早くにご主人と死に別れてから子供3人を女手一つで育て上げ、戦争やソ連崩壊なども経験する波乱万丈の人生を送りました。いつも私を実の息子や孫のように大切にしてくれた人なので寂しくなりますが、今は天国でゆっくり休んでほしいと思います。おばあちゃん、僕とアレンを可愛がってくれて本当にありがとう!
義祖母は、4年前の私たちの結婚を心から祝福してくれました。
2年前に長男アレンが生まれた時は泣いて喜んでくれました。
子供好きの義祖母は、いつもアレンを大切に可愛がってくれました。
曾孫を見せてあげられたのは、私ができた何よりの孝行だったかもしれません。
苦労の多い人生でしたが、晩年は孫や曾孫に囲まれて幸せだったと思います。
まだ元気だった夏頃の義祖母。こうやって写真を見ていると、少し涙が溢れてきます。優しい義祖母と一緒に暮らせて幸せでした。
- [2015/12/13 16:05]
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