トビリシから謹賀新年! 

新年あけましておめでとうございます!2020年最初のブログ更新です。

日本はゴーン被告の国外逃亡で大騒ぎのようですが、私は家族とジョージアの首都トビリシでのんびり過ごしています。年もここで越しました。大晦日の31日はジョージア料理を食べたり、旧市街を散策したりしました。夜はエレバンから持参したそばで、年越しそばを作って食べました。

そして、年が変わる少し前に外出して自由広場に向かうと、すでに一般の人たちがバンバン花火を上げていました。たまにすぐ頭上で炸裂するからビックリします。状況の分からない次男のレオは泣き始めてしまいましたが、確かにちょっとこれは怖いかも…

2020年になった瞬間は、さらに多くの花火が何発も打ち上げられてものすごい迫力でした。私は衝撃がビリビリ響くぐらいの花火が大好きなので、これはとても楽しかったです。アレンは耳を押さえて、レオは号泣していましたが…隣にいたジョージア人の男性が、「おめでとう!」と言ってシャンパンを分けてくれました。なんともおめでたい!

花火が落ち着いたところで、アパートに戻ると、出かける際に私がこっそり置いたプレゼントを子供たちが見つけて、「ここにもサンタが来たー!」と大喜び。実はエレバンでプレゼントを買って、バレないように持って来ていたんです。アルメニアでは年越しにプレゼントを渡すのが習慣になっているし、サンタに国境は関係ありませんからね。

アレンがいつまでサンタのことを信じるのか分かりませんが、今はこうやって驚かせて喜ばせてあげたいと思います。二人とも欲しかったおもちゃを貰って嬉しそうでした。親として年越しの最重要ミッションは無事に完了しました

その後は、新年の健康と幸せを祈りつつ、妻とジョージアワインで乾杯しました。異国の地でささやかに家族だけのお祝いですが、アルメニアのお正月に疲れていたので、とても新鮮でステキな年越しでした。妻も、「これぐらいがちょうどいい」と嬉しそうでしたね。

81266967_2523732581207828_5674074177984790528_narmenia20-1-3.jpg
エレバンからトビリシまでは6時間の移動。同じようにトビリシで新年を過ごすアルメニア人が多くてイミグレは混んでいました。疲れましたが、途中のセバン湖の景色はきれいでした。

82038281_10157036844626819_6201327906589769728_narmenia20-1-3.jpg
トビリシ中心部もイルミネーションで華やかに飾られていました。

80979017_10157031049926819_7259243725291782144_narmenia20-1-3.jpg
到着した日に夕食を食べたレストランではジョージア音楽の演奏がありました。アルメニア音楽と全く違って面白い!

80658101_10157033421056819_1954455766039527424_narmenia20-1-3.jpg
ジョージア名物ヒンカリを上手に食べるアレン。やっぱり本場のは美味しい!

80997998_10157033421106819_6672211005478535168_narmenia20-1-3.jpg
例年通りちゃんと年越しそばを作って食べました。和食が大好きな息子たちはすぐに平らげました。

80807995_10157035645316819_969924471521542144_oarmenia20-1-3.jpg
新年を迎える瞬間、トビリシ中心部の自由広場では盛大に花火が打ち上げられました!あけましておめでとう!

80847110_3067299243280083_1461199585505443840_narmenia20-1-3.jpg
サンタからのプレゼントに大喜びする息子たち。その笑顔を見て、私と妻も嬉しかったです。

元旦はのんびり旧市街を散策して、途中アルメニア教会に寄ってお祈りしました。アルメニア語が通じるのでホッとします。というか、この時期のトビリシはアルメニア人だらけで、道でもレストランでも至るところでアルメニア語が聞こえてきます。アルメニア国内のリゾート地が高額すぎて、私たちと同じようにここに来ているのでしょう。

そして昨日は、私の大切な友人家族と久しぶりに再会しました。私がアルメニアに関わることになった大きなきっかけは、20年前の彼らとの出会い。それについては過去の記事をどうぞご覧ください(該当記事)

私と友人は同じ誕生日で、20年前に一緒にお祝いしました。当時は私は26歳、彼は46歳でしたが、私は今年46歳になります。あの時の友人と同じ年齢になるのかと思うと、時の早さに驚くと同時に感慨深いです。そして、この20年を振り返ると、彼との偶然の出会いがまさに自分の運命を変えたのだなと不思議な気持ちになります。人生というのは本当にからくりに満ちていて面白いですね…

友人家族は、まだ生まれて半年の頃のアレンには会ったことがあって、その大きくなった姿を見て驚いていました。次男のレオは初対面で、自分たちの孫のように可愛がってくれました。こうやって私がアルメニア人と結婚して家族を築いているのも、彼らと出会えたからこそ。その大切な友人たちに自分の家族を紹介できたのは幸せなことです。

彼らと久々の再会を心から喜び合い、一緒に楽しい時間を過ごすことができました。そして、20年経ってもこの温かい繋がりが続いていることに胸が一杯になりました。ちなみに、ジョージアでは1月2日は「運命の日」と呼ばれ、新たな一年はその日に過ごしたようになると言われているそうです。ということは、まさにその日に素晴らしい再会を果たしたから、2020年も幸せな一年になるはず!

皆さんにとっても、今年が幸せに満ちた一年になりますように!今年もどうぞよろしくお願いします!

81979741_10157039619266819_6024274189119127552_narmenia20-1-3.jpg
滞在したアパートはトビリシ旧市街にあるので、出てすぐの通りも昔の面影が色濃く残っています。

81753688_10157036844386819_1567670540578062336_narmenia20-1-3.jpg
トビリシは温泉でも有名な街で、中心部には銭湯やサウナがあります。

82086400_10157036844326819_2706092604960800768_narmenia20-1-3.jpg
アルメニア教会で新年のお祈り。何だか落ち着きます。ここだけでなく、この時期のトビリシはアルメニア人だらけ。

80863548_10157039619561819_4268295965703667712_narmenia20-1-3.jpg
大切な友人家族と久しぶりの再会!お互い本当に嬉しかったです。

81266971_10157039619606819_6709524109388152832_narmenia20-1-3.jpg
私の人生を大きく変えた友人と息子たち。年明け早々に心温まるステキな時間を過ごせました。

グルジアから戻りました 

昨日グルジアから戻りました。小さい子供を連れての旅行は疲れますね。家に着いた時は、私も妻もくたくた…息子は意外に元気でしたが、やっぱり昨晩はぐっすりと眠っていました。アレン、本当にお疲れ様!

DSCN1646armenia15-2-4.jpg 
疲れて、ぐっすり眠るアレン。きっといい夢を見ていることでしょう。

グルジアの首都トビリシには5日間滞在しました。街中心部のアパートを借りましたが、部屋も良かったし、オーナーも親切な家族で快適に過ごせました。毎日ハマムに行ったり、家族と散歩したり、友人に会ったりして、とても楽しい日々でした。それに日中は20℃以上あって、冬とは思えないほど暖かったです。

グルジアは10回以上訪問していますが、いつ行っても楽しいです。アルメニアと同じ旧ソ連なので雰囲気は似ています。でも、どこか異国情緒があって飽きません。まず言葉が全く違いますし、食事はもっとスパイシーで美味しいです。すぐ隣の地続きの国なのに、いろいろ違うところが面白い!

しかし、大好きな友人たちがいることが一番大きいですね。みんな今回も再会をとても喜んでくれたし、アレンを可愛がってくれました。小さい時にいろんな人に囲まれて愛されるって、子供にとって何より大切なことかもしれません。アレンも、すごく楽しそうにしていました。

DSCN1517armenia15-2-4.jpg 
グルジアへ向かう途中、セヴァン湖で少し休憩しました。きれいな景色にアレンも嬉しそう!

DSCN1608armenia15-2-4.jpg 
15年来の友人家族と再会。彼らとの出会いは、私の人生を変えました。詳しくは過去の記事(こちら)をどうぞご覧下さい。

DSCN1557armenia15-2-4.jpg 
日本語教師の友人たちと会食。いつも素敵なレストランに連れて行ってくれます。

DSCN1607armenia15-2-4.jpg 
以前、大学で日本語を勉強していた学生と再会。

DSCN1580armenia15-2-4.jpg 
日本人・グルジア人ご夫妻との会食。もうすぐ二歳になる息子さんの将太君が可愛らしい。

DSCN1572armenia15-2-4.jpg 
別れ際にアレンが将太君にキス。将太君はちょっと嫌がっているような…でも、子供同士の触れ合いって、見ていて心が和みます。

帰路の途中、ハグパットというアルメニアの村に寄りました。世界遺産にも登録されているハグパット修道院がある村で、ここに15年来の友人家族が住んでいるので、グルジアに行くときはいつも訪問しています。今回も行ったら、ロシアで働いている息子さんも里帰りしていました。2年ぶりの再会!短い間でしたが、楽しい時間を過ごしました。

今回はグルジアの日本大使館に用事があって訪問しましたが、グルジアとハグパット村ではいつも素敵な思い出ができるので、毎年遊びに行きたいですね。

DSCN1617armenia15-2-4.jpg 
15年来のハグパット村の友人家族。いつも家族のように迎えてくれます。15年前の彼らとの出会いについても、過去の記事(こちら)をどうぞご覧ください。

DSCN1641armenia15-2-4.jpg  
世界遺産のハグパット修道院で、妻のジャケットを着て遊ぶアレン。何だか神父か牧師みたいですね。

話は変わりますが、イスラム国に拘束されていた邦人とヨルダン人が殺害されました…とても痛ましい事件です。亡くなった後藤さんは、戦地で生きる無辜の人たちの姿を必死に伝えようとしたジャーナリスト。ご冥福を祈ります。今回の事件については、個人的にいろいろ思うことがあって、また機会があればブログに書くつもりです。

グルジアでの運命の出会い 

明日4月24日は、アルメニア人虐殺記念日です。ちょうど今来られている日本の方と一緒に記念碑に行ってこようかと思っています。

さて先月初め、長男の日本パスポート取得のためグルジアに行ってきた時に、私の夢というか願望が一つ叶ったと書きました。それは、大切な友人に自分の家族を紹介すること。なぜそれが私にとって夢だったかは長くなるのでまた後日…と終わってそのままになっていました。長くなりますが、今日はその話を書きたいと思います。

15年前、私は勤めていた会社を辞め、バックパック一つ背負って長期旅行に出ました。まず船で中国に渡り、そこから西へ西へと陸路でユーラシア大陸を横断、出発から約1年後にトルコに辿り着きました。そして、当時かなりマイナーだったグルジアに入国しました。

少ない情報を頼りに宿を見つけ、首都トビリシやその近郊を観光しました。特に気に入ったのは、昔の面影が残るトビリシ旧市街とハマム。久々に湯船に浸かれるのが嬉しくて、ほぼ毎日ハマムに行き、温まった体で旧市街をぶらぶら散策しました。

ある日、公園のベンチに座ってボーッとしていたら、隣のベンチにいた家族連れの男性に声を掛けられました。けっこう年上の彼は意外にも英語ができて、いろいろ話していると、「すぐそこが僕らのアパートなんだけど、コーヒーでも飲みに来ないか」と誘われました。まあ家族連れだし大丈夫だろうと、お誘いに甘えることにしました。

彼の家で何気なく日本のパスポートを見せたら、なんと私と彼は同じ誕生日ということが分かりました。ちょうど誕生日の1ヶ月ほど前だったので、「来月一緒に誕生日を祝おう!」と盛り上がりましたが、当時グルジアのビザはたったの2週間…ウーン、残念だけど無理だなと諦めました。

しかし、偶然仲良くなったグルジア人が自分と同じ誕生日ということに何か運命的なものを感じました。そして、その後も毎日のように家に誘われて、彼らと飲んだり食べたりして楽しく過ごしていると、「せっかくだから一緒に誕生日を祝えないか」と真剣に考えるようになりました。そこで思いついたのがアルメニア旅行!

実は当初、私はアルメニアには全く行くつもりはなかったんですが、そのグルジア人の友人と誕生日を祝いたい一心で、ビザ再取得と時間潰しのために急遽予定を変更したのです。まさか、そんな経緯で訪れたアルメニアに将来住むことになろうとは思いもしませんでした…アルメニアでの出来事は過去の記事をご覧ください。(こちら)

それはさておき、アルメニアからグルジアに戻り、無事に私の26歳と友人の46歳の誕生日を共に祝うことができました。彼の家族や友人たちも参加して、一生忘れられない素晴らしい誕生日パーティーとなりました。当時無職だった彼は時間を持て余す日々を送っていたので、私という外国人と過ごすのが楽しいのか、その後もほぼ毎日家に誘ってくれました。

私も、彼や彼の家族と一緒にいると、自然と心が温かくなりました。彼の家族は奥さんと、再婚だった奥さんの連れ子、そして二人の間に生まれた赤ちゃん。生まれたばかりの赤ちゃんを、「この子は俺の全てだ。宝物だ!」と抱きしめて可愛がる彼の姿は見ているだけで幸せな気持ちになりましたが、同時にそんな自分に戸惑いました。

というのも、当時の私は結婚や家庭というものに対して否定的だったのです。理由については詳しく書きませんが、若者によくありがちな「別に結婚なんかしなくてもいい」という類のものではなく、「結婚して家庭を持っても不幸になるだけだ」という、もっと根が深く後ろ向きな考えを子供の頃から頑なに持っていました。

しかし旅先で、貧しいながらも互いに寄り添いあって暮らす家族の姿を見るたびに、どこか心が揺さぶられました。そのグルジアの家族と過ごしている時も、自分の中で確実に変化が起こっているのを感じ、彼の家から宿に帰る途中、いつも何か胸の奥から込み上げてくるものがありました。

トビリシを去る前日の晩、彼は地下鉄駅まで見送ってくれたのですが、その時ふと空を見上げて言いました。「独立してからグルジアはとても貧しくなった。俺のように仕事を失った人間がたくさんいる。でも、やっぱり独立して良かったと思う。ここには俺たちグルジア人の文化や歴史がある。生活は苦しいけど、いつも神様が見守ってくれている。何より、自分には支えてくれる大切な家族がいる」。

この言葉を聞いた瞬間、涙が一気に溢れました。自分が旅で何かを探していたとしたら、人間として当たり前の愛情や繋がりだったんじゃないかと気付いたのです。そして、自分も彼のように結婚して家庭を持ちたいと自然に思えるようになりました。彼との出会いは、私の価値観や人生観を大きく変えました。

そんな家族の大切さを教えてくれた友人には、きっといつか自分の家族を紹介して、私も夫となり父となったことを直接伝えたいと思ってきました。まさか隣国のアルメニアの女性と結婚するとは想像もしませんでしたが、今年やっとその夢が叶いました。彼と彼の家族も本当に心から喜んでくれて、長男を可愛がってくれました。その光景を見ていると、初めて出会った時のことが思い出されて、何だか泣けてきました。

この家族との運命的な出会いがなければ、アルメニアに住むことも、結婚して家庭を持つこともなかったかもしれません。彼らとの出会いに心から感謝したいと思います。

44_800armenia13-4-23.jpg 
15年前、偶然声をかけられた時の写真。赤ちゃんは生後たった2ヶ月でした。

08_800armenia14-4-23.jpg 
8年前にグルジアを再訪した時の写真。子供は7歳の可愛いらしい女の子に成長していました。

DSCN8764armenia14-4-23.jpg 
2年半前、結婚直後に妻と訪問した時の写真。妻のことも気に入ってくれて(互いに旧ソ連圏で問題なくロシア語で会話できるのです)、私の結婚を祝福してくれました。

DSCN9650armenia14-3-14.jpg 
そして、先月家族と訪れた時の写真。この15年間お互い人生でいろんなことがありましたが、ついに自分の家族を紹介することができました。本当に嬉しかったです。

無事にパスポート取得! 

今日であの大震災からちょうど3年目。自分も父親になった今、家族を失った被災者の苦しみや悲しみを以前よりもっと理解できるような気がします。原発含め未だ多くの問題が解決しておらず、当事者の傷が癒えるにはまだ相当の時間が必要でしょう。

さて、今日でちょうど5ヶ月となる長男の日本パスポートは、昨日無事にここトビリシの日本大使館で取得しました。アルメニアの役所と違って、何の間違いもなくきちんと作成して下さいました。まあ、もし間違いでもあったら、再度グルジアに来る羽目になるので大変ですが…

今夏に3年ぶりに一時帰国する予定で、これで問題なく長男を連れて帰れそうです。両親も孫との対面を本当に楽しみにしています。

DSCN9667armenia14-3-11.jpg 

大切な用事を済ませたので、今日はグルジア正教の総本山があるムツヘタの町を観光してきました。私はもう5回目、妻は2回目の訪問となりますが、義母にとっては初めて。アルメニアの教会とはまた違う雰囲気や装飾は、とても興味深かったようです。

毎日友人と会ったり、美味しいもの食べたり、やっぱりグルジアはいいですね。ちなみに、前回の記事に書いた私の夢というのは、ちゃんと叶いました。グルジアには何回も来ていますが、今回は本当に忘れられない訪問となりそうです。

DSCN9685armenia14-3-11.jpg 
グルジア正教の総本山スヴェティッツホヴェリ大聖堂。

DSCN9677armenia14-3-11.jpg 
グルジアの教会では、女性は髪を隠し、スカートを履くのがルール。教会の入り口にはスカーフなどが置かれていて借りることができます。男性も、短パンなどでは入場できないこともあります。

DSCN9694armenia14-3-11.jpg 
小高い山の上に建つジワリ聖堂にも行ってきました。教会からの景色は素晴らしかったです。

楽しいトビリシ 

トビリシにいます。明日エレバンに帰る予定ですが、楽しいのでもう少しいたいぐらいです。でも、家族にも会いたいし、また来月来ますからね。

来るときアルメニア側の山道は積雪がすごかったんですが、なんとトビリシも雪が降っていてめちゃくちゃ寒かった!どうも先週末から寒波が来たらしく、滞在中はずっと寒いです。

でも、すぐ14年来の親友に会って、温かい気持ちになりました。トビリシではいつも彼のお宅にお世話になっているんですが、今回も私の訪問を心から喜んでくれました。1年ぶりの訪問だったので、他にもいろんな友人と再会しました。

そして、毎朝ハマムに行っています。トビリシには温泉があって、たった3ラリ(2ドル弱)で入れます。寒い冬に、湯船に浸かってサウナで汗を流すのは本当に気持ち良いですね。また、毎日友人たちと食べたり飲んだりしていますが、グルジアの料理とワインはやっぱり美味しい!

あと面白いのは、滞在している旧市街にはアルメニア人が多く住んでいて、アルメニア語がけっこう通じること。グルジア人でも、アルメニア語が少しできる人がけっこういて(私の友人もそうです)、あまりコミュニケーションに困りません。

無事に長男のパスポート申請も終えて、来月には受け取りのためにまた来ます。次回は妻と長男も一緒なので、それも今から楽しみです。いやあ、トビリシ最高!

DSCN9097armenia14-2-6.jpg 
着いた日のトビリシはすごい雪で寒かった…でも、雪のトビリシはきれいでした。

DSCN9091armenia14-2-6.jpg 
14年来の親友のグルジア人。仕事で工芸品を作っています。

DSCN9108armenia14-2-6.jpg 
グルジア料理のヒンカリ。水餃子みたいで美味しい!

DSCN9106armenia14-2-6.jpg 
大使館職員の方々と行った日本料理レストラン。店先の人形は怪しいけど、けっこう美味しかったです。