モンテの誕生日とカルヴァチャルの返還 

今週に入ってから寒くなりました。日中でも10℃いきません。もうすぐ12月ですからね。今年はコロナ一色で終わるかと思っていたら、大きな戦争が起こって、アルメニアにとっては激動の一年となりました。

気温が下がったのと戦争もあって、一日の新規感染者が2千人を超えていましたが、ここ最近は落ち着き始めています。幸い学校や幼稚園も開いたままです。しかし、子供たちが夕方に通っていたレゴ教室のスタッフが感染したらしく、そのため2週間ほど閉まることになりました…

私にすると、コロナは恐らく人間界に定着する風邪ウイルスの一種であり、年に何度か流行期が来るものです。そして、感染してもコロナ特有の免疫はできない場合が多いため、社会活動が行われている限り、感染しないようにするなんて無理な話。戦争はとりあえず終わりましたが、このコロナ騒動も早く終わってほしいと思います。

先週の日曜は、戦死した兵士たちのためのミサが大司教によって行われました。これまで2千人以上の遺体が回収されており、行方不明になっている兵士も数多くいます。奇跡的に生存が確認されるケースもありますが、ほとんどは亡くなっていると思われます。その家族は不安と悲しみの淵にいるはずです。

行方不明の息子さんの遺体が見つかったという母親が、「見つかってよかった…神様、ありがとう」と泣きながら言ったそうです。その話を聞いた時、本当に胸が詰まるような思いがしました。息子は生きているかもしれないという希望が打ち砕かれたのですから、心底悲しいに決まっています。にも関わらず、遺体が見つかったことがせめてもの救いに感じるという現実は残酷すぎます。

停戦から2週間以上が経ち、国内情勢はかなり落ち着いてきたように思います。すでにカラバフ領内には5万人以上の市民が帰還したそうです。教育大臣や経済大臣が辞任したりと多少の混乱はありますが、大きなデモなどは起こっていません。ただ、ネットでは、今も戦争や停戦合意に関する話題で溢れています。特に今日は、モンテ・メルコニアンという人物の写真や映像を頻繁に目にします。

というのも、今日11月25日は彼の誕生日だからです。モンテは、30年前のナゴルノ=カラバフ戦争の英雄と呼ばれる軍人。アメリカ出身のアルメニア人ですが、民族意識に目覚めてから中東を放浪し、レバノン紛争やトルコへのテロ活動に身を投じました。ナゴルノ=カラバフ戦争が勃発した時に初めてアルメニアに渡り、軍の指揮官となります。そのカリスマと活躍でアルメニア軍を事実上の勝利に導きましたが、1993年に戦死しました。

ちなみに、彼は大学で考古学を専攻して様々な言語を学びましたが、なんと高校時代は日本にも留学したことがあって、日本語や武道を習ったそうです。アメリカで生まれ育った彼の母語は英語で、元々アルメニア語はあまり上手ではなかったらしく、中東のアルメニア人コミュニティーに入って熟達したそうです。戦時中の映像などでは、普通にアルメニア語(西方言)を話しています。

そのモンテの活躍によって占領したカルヴァチャルやアグダムなど、カラバフ周辺の地域は段階的にアゼルバイジャンに返還されていますが、皮肉なことに、彼の誕生日である今日、カルヴァチャル地方がアゼルバイジャンに返還されます。それもあって、多くのアルメニア人がモンテのことを偲び、彼の写真や映像をネットに載せたりしているのです。

英雄が命を賭けて得た土地を失うのは、本当に辛いと思います。その喪失感と悲しみは相当なものでしょう。しかし、これが戦争の結果である以上、今は受け入れるしかありません。今回の停戦によって、アルメニアが多くを失ったのは確かです。しかし、尊い命が失われ、その家族が苦しむという悲劇が収束したことも確かです。外国人の私だから言えることかもしれませんが、もうこの先ずっと戦争の悲劇が繰り返されないことを祈ります。

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庭のクルミの木の葉っぱもほとんど落ちました。

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戦時中のモンテ・メルコニアン。その存在があまりに大きくなり過ぎたため、味方に殺されたという噂もあります。

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日曜は家族で出かけて、子供たちにアイアンマンとスパイダーマンのネックピローやぬいぐるみを買ってあげました。

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「パパ、見て!ドーナツ!」と言っておどけるアレンとレオ。子供たちには、戦争など経験せず、いつも笑っていてほしいです。

両民族が平和に暮らすジョージアの村 

日本ではコロナの新規感染者数が過去最多を記録するなど、感染の拡大が問題になっていますね。アルメニアでも増加し続けており、昨日は前大統領夫人がコロナで亡くなるというニュースもありました。感染者数も死者数も多くなっていますが、どこの国も致死率は減少し続けています。

さて、停戦合意締結から2週間が経ちました。パシニャン首相の辞任を求める抗議活動が起こっているかと思ったら、今度は支持者らが共和国広場に集まったり、外務大臣に続いて、国防大臣や非常事態大臣、厚生労働大臣らが辞任したりと多少の混乱はありますが、基本的に国内は落ち着いています。

しかし、ネットではずっと様々な情報や意見が飛び交っています。今回の停戦合意や現政権に対する批判はもちろんのこと、逃げ遅れたアルメニア人の老人をアゼルバイジャン兵士が拷問して殺害したとか、返還された領土内の教会が破壊されたなど心が重くなるような情報が流れています。反対にアゼルバイジャン側では、アルメニアがどれほど酷いことしたかという情報に溢れているはずなので、まだまだ憎悪の連鎖は続くでしょう…

激しい戦闘の末に勝者と敗者が入れ替わる結果となったことから、やはり戦争に完全な正義も悪もないのだと改めて痛感しています。双方それぞれに決して譲れない主張や大義名分があって衝突します。そのため長年OSCEミンスクグループなどが仲介して交渉が行われていたわけですが、解決には至らず争いが続いてきました。今回の出来事が、武力によって領土問題を解決できるという悪い先例になってほしくないですね。

この停戦合意、また合意内容の実効において、ロシアが大きな役割を果たしています。カラバフ領内に平和維持軍が配備され、アルメニア本土とカラバフを結ぶラチン回廊は、すでに民間車両も通行できるようになりました。これまでに約4千人の市民が帰還したそうです。また昨日はアグダムという地域がアゼルバイジャンに返還されましたが、特に混乱などは起こっていないようです。

そのロシアの存在感の大きさから、カラバフ領内に留まる市民はロシア国籍を取得しようとするだろうという意見も聞かれます。そうすれば、ロシアはより積極的に関与して防衛してくれるはずだということなのでしょう。いずれの当事国からも反対がなければ自動延長されますが、今のところ平和維持軍の駐留期間は5年となっていますからね。

今回の戦争におけるロシアの動向については、求心力が低下したとか、トルコや中国を牽制したとか、アルメニアが親欧路線になったから支援しなかったなどの分析が出ていますが、私にするとステレオタイプで的外れな気がします。やはりロシアは強大な影響力を持っていますし、トルコや中国とはライバルでもありますが、一定の協力関係を保っています。カラバフはアルメニア領土ではないので公然と軍事支援できないのも当然です(裏では支援していました)。国益や他国との関係のバランスを取りつつ、タイミングを見計って調整を行ったと思います。

ちなみに、今日からラブロフ外相や国防大臣などロシアの代表団が訪問中で、アルメニア政府とナゴルノ=カラバフの問題について話し合っています。プーチン大統領は来ていませんが、「ロシア国内に数百万ものアルメニア人とアゼルバイジャンがいるため、ナゴルノ=カラバフ紛争の解決は、ロシアの内政にとっても重要な問題だ」と述べました。

隣国ジョージアにもアルメニア人とアゼルバイジャン人が多く居住していますが、両民族が争うことなく平和に暮らしているツォピという村があります。その村の様子を映した動画をご紹介します。それを見ると、憎悪や敵対心というものがいかに後天的に、また人為的に作られるものなのかを改めて考えさせられます。

ツォピの村人たちも、当然ナゴルノ=カラバフ問題については知っていますが、そのためにお互い争うことはないそうです。「次の世代に憎しみを伝えてはいけない。戦争は共通の敵だ」という言葉が胸を打ちます。今の状況では難しいかもしれませんが、争った領土内でも同じような未来がいつか訪れてほしいと願います。


ツォピというジョージアにある村。これを見ると、同じ両民族が別の場所では憎しみ争っている現実が虚しく思えてきます。

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息子のアレンとレオの兄弟はとても仲がいいです。レオも大きくなって、一緒にできることが増えたことも大きいです。

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家にいる時はずっと一緒に遊んでいます。

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兄弟仲良くレゴ教室に通っています。

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お揃いの服を着て可愛らしい!

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毎日仲良く一緒に学校と幼稚園に通っています。

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もちろんケンカもしますが、とても仲睦まじい兄弟で微笑ましいです。ずっとそんな兄弟でいてほしいと思います。

停戦合意をめぐる意見や憶測 

先週から気温が下がり、朝晩は0度以下になることもあるので、セントラルヒーティングを点けました。来月から光熱費が上がりますね…とはいえ、まだコロナが問題になっている今、風邪でも引いたら面倒です。ちなみに、今週から学校や幼稚園が再開し、1か月ぶりに子供たちが通ってくれてホッとしています。

その新型コロナのワクチンの開発が進んでいるというニュースがありました。ファイザーに続いて、米モデルナ社が開発中のワクチンが約95%という高い有効性を示したそうです。ちなみに、このモデルナ社の共同創業者の一人は、ヌバル・アフェヤンというアルメニア人。私個人はワクチンそのものに対して懐疑的ですが、普通の生活に戻るために多くの人が待ち望んでいるのは確かです。

さて、衝撃的な停戦合意から10日が経ちました。カラバフ領内にはロシアの平和維持軍が展開し、アルメニア本土とステパナケルトを繋ぐ南ルートの安全も保証されたため、戦争から逃れてきた市民が徐々にステパナケルトに戻っているそうです。アゼルバイジャン軍の攻撃で破壊されたインフラの復旧も進んでおり、ネットはすでに利用可能で、公共料金も1年間は無料になるとのこと。少しでも住民に戻ってきてもらうための施策でしょう。

しかし、アゼルバイジャンに返還される領土の住民たちは、住み慣れた家を燃やしてアルメニア本土へと移動しています。彼らの住居や仕事、また生活の保証はどうなるのか…国にとって喫緊の課題ですが、約140ドルの一時金の支給が決定されたぐらいで手厚い保護は期待できないかもしれません。また、アルメニア側に残されるカラバフ領土の法的地位は未解決のままです。そして、手放されるアルメニアの歴史文化遺産の運命も大きな懸念となっています。

今回の停戦合意の仲介をしたプーチン大統領は、カラバフ領土の法的地位について、「将来アルメニアとアゼルバイジャンの関係が正常化したら、解決に向けて議論されるだろう」と述べました。また、歴史文化遺産についても、アゼルバイジャン側に保全に努めるよう求めたそうです。ちゃんと保存されるかもしれませんが、「アルバニア人が作った」などと歴史解釈は歪曲されまくるでしょうね…

カラバフ領内では停戦違反行為も起きておらず、復興に向けたプロセスが進んでいますが、エレバンでは、野党が主導するデモが続き、外務大臣や副大臣が辞職するなど政府内で混乱も起きています。とはいえ、街中は至って平穏です。そういえば、先日のギャラップ調査によると、賛成意見は43.8%、反対意見は40.9%だったそうです(回答なしが15.3%)。賛成の方が少し上回っているのは意外でしたが、それでも半数近くの国民は不満に思っているという結果。

やはり事実上の降伏と言える屈辱的な内容だったことが大きく、大統領や議会、国民に説明もなく、そんな合意文書に署名したパシニャン首相に対する風当たりは厳しいです。最初から戦争に勝つつもりはなく、ほとんどの領土を返すつもりだったのではないか…という憶測も出ています。また、戦争中にロシアは積極的に支援してくれなかった原因は、パシニャン政権が対露関係を悪化させたからだという批判も出ています。

そして、なぜシューシまで返還するのか?!という怒りの声も多いです。シューシが実際に陥落していたかについては、政府と現地で戦っていた兵士とで意見が異なっていることも、この疑惑に拍車をかけています。アルメニア人にとって、シューシはカラバフの文化的中心なので、決して明け渡したくない街でした。アゼルバイジャンにとっても重要な場所だったため、奪還に全力を上げていました。シューシの戦闘で300人以上のアルメニア人兵士が命を落としたという情報もあり、激しい戦闘があったことは事実です。

前回の記事に書いたように、勝者と敗者、得る側と失う側が完全に入れ替わる過酷な結果となったので、そう簡単に納得できないのは当然です。疑惑や怒りを煽る情報はネットに溢れていますし、人間は感情が先立つと、自分にとって都合のいい意見ばかりを妄信し、気に入らない意見は排除するようになります。真実は何かよりも、自分の思うことや考えることがいかに正しいかに執着するようになります。

同じようなことは戦争中も起きていました。今は、戦争に負けた原因の追求や指導部への批判などネガティブな情報ばかりが目立ちますが、戦争中は、「我々は勝つ!」というスローガンの下、政府や軍の発表するポジティブな情報を信じて支持する空気に満ちていました。それが国民として当然の義務であるかのように…そういう私も、アルメニア側の見解や情報を当ブログで伝えていたから偉そうなことは言えないんですが、大本営発表である可能性は常に頭にありました。

「戦争は勝敗が全て」という残酷な現実について何度も言及していますが、その勝ち負けは単純に決まるわけではありません。強大な軍事力を持っているかどうかは最も重要ですが、他に外交力や経済力、周辺国の思惑、また国内の社会状況や国際情勢の動向など様々な要素で変わってきます。今回の戦争の結果も、それら全てが複雑に絡み合って導き出されたものかもしれません。

だから、「もしこうだったら結果は違った」と簡単に想定できるものではありません。もちろん反省は必要ですが、納得できない結果だからと、過去についていろいろ想像するだけでなく、反対に、もしあのまま戦争を続けいたらどうなっていただろう…と想像することも必要ではないでしょうか。とはいえ、当事者のアルメニア人にとって、今はまだ落ち着いて受け止められない状況なのは確かです。その気持ちを理解しつつ、私はできる限り冷静に情勢を見守り続けたいと思います。

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13世紀に建てられたガンザサール修道院。荘厳で美しい教会です。これはアルメニアに残る領土内にあります。

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精微な彫刻が施された壁や扉。見応えのある教会でした。

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窓から美しく光が差し込み、内部には神秘的な雰囲気が満ちていました。

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ガンザサール修道院からの眺め。カラバフの自然は息を飲むほど素晴らしかったです。

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ガンザサール修道院の建つ山の麓にあるライオンの岩。観光用に造られたもので、ライオンの唸り声も流されています。

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ライオンの岩の真向かいにある渓流にも、観光用に大きな船が置かれています。ここもアルメニアに残る領土内です。

戦争そして敗戦の悲劇 

昨日、ロシアの有名なアルメニア人俳優アルメン・ジガルハニアン氏の訃報がありました。300本もの映画に出演し、数多くの賞を受賞した名優です。享年85歳。このニュースに、アルメニア人はショックを受けていました。

さて、ナゴルノ=カラバフを巡る戦争を終結させるために停戦合意が締結されてから1週間が経ちました。前回の記事に書いたように、多くのアルメニア人は今回の停戦合意に納得しておらず、悲しみと落胆、不満と怒りを抱えています。そして、パシニャン首相と現政権を非難する声が上がっています。2年半前の革命で英雄扱いされた人物が、今や売国奴のレッテルを貼られて、その名声が地に落ちるとは…

この状況を利用して政権奪取を狙う17の野党が、連日パシニャン首相の辞任を求めるデモを主導していますが、醜い権力争いにしか映らないため、デモの規模は次第に縮小しているようです。主導している政治家たちも、全く国民から信用されていませんからね…とはいえ、パシニャン首相の引責辞任の可能性は十分あるので、政局は混乱するかもしれません。逆にアゼルバイジャンは、今回の勝利でアリエフ一家の独裁がさらに盤石なものとなったでしょう。

そのアゼルバイジャンに返還される予定の地域に住む住民が、アルメニア本土への移動を開始しています。アゼルバイジャン人の手に渡るぐらいならと、住み慣れた家を泣く泣く燃やしている人が多いようです。昨日は、校長が学校建物を燃やす映像がありました。故郷を追われる彼ら避難民の姿を見ると胸が痛みます。

また、返還される領土にあるアルメニアの歴史文化遺産の運命についても、多くの市民が不安に感じています。返還後はアゼルバイジャンのものになり、訪問することさえできなくなりますが、さらにそれが破壊されるのでは…と危惧しているのです。中には、紀元前2世紀まで遡る貴重な遺跡もあります。実際にアゼルバイジャンは、これまで多くのアルメニアの歴史文化遺産を破壊・抹殺してきたからです。すでにシューシのガザンチェツォッツ大聖堂に落書きされている写真がネットに流れていました。

前回の記事に登場したダディ修道院も、その破壊から免れるため、神父がずっと留まり続けると述べたり、貴重なハチュカル(十字架石)などを運び出すなどの話もありました。しかし、幸いロシアの平和維持軍が駐留し、その安全が保証されることが決まりました。観光はできないかもしれませんが、宗教活動は今後も行われるそうです。他の場所も、同様に安全が守られたらいいのですが…

そのロシアの平和維持軍は、すでにほとんどの駐留地域に配備されており、今のところ停戦違反行為は起きていないようです。アルメニア軍の撤退も進められています。ロシアにとって、アゼルバイジャン領内に堂々と自国軍を展開できるのは大きなメリットです。また、アルメニアは一層ロシアに依存せざるを得ません。結局、今回の戦争で最も利益を得たのはロシアと言えるでしょう。

停戦が実効されている中で、やっと遺体回収などの作業が本格的に進んでいます。そのため、公表される兵士の死者数がものすごい勢いで増えています。現在2,317名となっていますが、さらに増えることは確実で、最終的に3千人や4千人に達する可能性もあります。アルメニアの人口は3百万ほどなので、もし日本であれば、すでに10万人近くが亡くなったことになります。しかも、そのほとんどは若者で、たった1か月半の間にです。シューシ近くの山道に横たわるアルメニア人兵士の死体の山の写真もありました。悲惨すぎます…

生還した兵士たちの中には、手足や視力を失ったり、PTSDを患ったりする人も多いと聞きます。実際に、手や足を失って入院中の若い兵士たちの写真を見ましたが、重い障害を抱えて生きていく今後の人生、また彼らを支えなければいけない家族のことを思うと心が重くなります。

もちろん上記のことは、アゼルバイジャン側にも起こっています。30年前の戦争では事実上の敗北となり、領土を失って、90万人もの難民が発生しました。ソ連崩壊で経済が破綻していた時期だったため、大きな社会問題になりました。今回の戦争では、アゼルバイジャンは兵士の死者数を一切公表しませんでしたが、1万人以上が亡くなった可能性もあるそうです。ということは、身体や精神に障害を負った人もかなりの数に上るでしょう。

しかし、向こうは戦争に勝った側であるため、それらの大きな犠牲は仕方なかった、そしてそれが報われたと多くの人は考えます。国民は歓喜と希望に沸き、ポジティブなニュースで溢れます。指導者は英雄と称えられ、これまでの言動が全て正当化されます。今となっては、トルコの過剰な関与、シリア人傭兵やテロリストの派遣、民間人への攻撃などについて国際社会もほとんど問題にしません。

一方、負けた側は深い喪失感と悲しみに暮れ、スキャンダルやネガティヴなニュースで溢れます。大本営発表を行い、屈辱的な決定を下した指導部に対して不信と疑惑が渦巻ます。敗戦の責任や罪は誰にあるのか追求が始まり、指導者は厳しい批判に晒されます。国民同士で意見が別れ、それに乗じて醜い権力争いが起こります。難民などの問題から、国の将来への不安、そして敵国への憎悪が高まります。

この戦争では、勝者と敗者、得る側と失う側、恨む側と恨まれる側が完全に入れ替わる結果となりました。そのコントラストがあまりに残酷で、事実上の敗北となったアルメニアに住む私も辛い気持ちになります。戦争は勝敗で全てが決まると何度か書きましたが、実際に起こっているこの過酷な現実には、本当にやるせなくなります。母国・日本の戦争と敗戦の歴史は、一体どれほど悲惨なものだったのだろうか…そんなことも考えてしまいます。

この領土紛争と民族対立は根が深い問題であり、まだ戦争が終わったばかりの今、ここに住んでいるとはいえ外国人の私が、アルメニア人に対して容易くかけられる言葉などありません。平和が大事だとか、憎悪の連鎖を立ち切れだとか、早く前を向こうなんて言葉はただただ虚しく響くだけでしょう。とにかく今は、希望を失わず、アルメニアの情勢をなるべく冷静に見守りたいと思います。

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アルメニア本土とカラバフを繋ぐ北ルート。南ルートはアゼルバイジャン領となるシューシと結ばれているため、当分はここが交通路となります。難民の出国や帰還もこのルートで行われています。

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アルメニア本土とカラバフを繋ぐ「ラチン回廊」と呼ばれる南ルートの峠。シューシを迂回してステパナケルトに繋がる道路が建設される予定で、その後は唯一の交通路として残ります。

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2年前に旅行した時、このラチン回廊も、のどかそのものでした。景色も雄大で美しく、最高のドライブルートでした。

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カラバフの重要な供給路であるため、アゼルバイジャン軍が封鎖しようと激戦地となりました。ステパナケルトと直接結ばれた後も、ロシアの平和維持軍が管理します。

停戦合意後のアルメニアの状況 

昨日11月11日は、中国では「独身の日」で、その日にネット通販各社が大規模なセールを行うのが恒例になっています。そして、最大手アリババの取引額が過去最高の7.9兆円に達したとのこと。これって東京都の一般会計予算を超える額…すごすぎる。今年はセール期間が延長されたことも影響していますが、中国経済はコロナ禍の中で一人勝ちと言えるのかもしれません。

さて、完全な停戦合意が締結されてから三日が経ちました。事実上のアルメニアの降伏という結果で終わり、また屈辱的な合意内容であったため、多くのアルメニア国民は深い落胆と悲しみに中にいます。妻もまだ立ち直れていないみたいで、見ていて辛いです。

シューシを含むカラバフ領土の南部と周辺地域を返還し、アゼルバイジャン本土と飛地ナヒチェバンを繋ぐ道路が国内に建設されるという条件は受け入れがたいに決まっています。怒りで暴徒化した市民らが、政府庁舎や首相官邸に乱入して、国会議長に暴行を加える事件まで起こりました。これは明らかに犯罪行為なので、首謀者らは逮捕されました。

アルメニアとカラバフの政府は、要所のシューシが陥落したことで降伏せざるを得なかったと説明していますが、現地で戦っていた兵士らはそれを否定しています。そのため、政府首脳らが国民を裏切ったとか、事前に計画があって領土を売ったなどの憶測が飛んでおり、こんな屈辱的な停戦をするべきではなかったと考える人も多いです。

実は、私も当時の状況については疑問が残っています。シューシの前線を取材していたロシア人ジャーナリストの投稿をずっとリアルタイムで読んでいましたが、合意締結の数時間前もまだ戦闘が続いていて、シューシが完全にアゼルバイジャン軍の手に落ちたようには見えませんでした。ただ、シューシ市内でも戦闘が起こっていたので(手引きした裏切り者がいるという話もあります)、いずれにしても陥落は時間の問題だったかもしれません。

もし実際にシューシが奪われたら、そこから見下ろせる首都ステパナケルトは簡単に攻撃できます。ただでさえアゼルバイジャン軍は最新鋭のドローンを多用するなど軍事力で勝っているので、そうなると壊滅的な被害が出て、下手すればカラバフ領土全てを失ってしまいます。この最悪のシナリオを回避するためには、大幅に譲歩してでも停戦を受け入れざるを得ません。もし噂になっている裏切りや密約などなくても、戦局はアルメニアに不利だったのではないでしょうか…

とはいえ、簡単に納得できる結果では決してないし、上記のような憶測も飛んでいるため、現政権への不満や不信感は高まっています。そして、17の野党がパシニャン首相の辞任を求めるデモを起こし、政局が混乱しています。このニュースを聞いた時、「エッ?!アルメニアに17も政党があったっけ?」と驚きました。で、その政党名を見てみると、3つ以外は全く知らない新しい政党でした。知っている3つの野党も、革命で下野した前与党などで、この混乱に乗じて政権を取ろうという魂胆が見え見え…お金を払ってデモ参加者を集めているという話もあります。

だから、多くの国民は彼らのデモなどを冷めた目で見ています。今回の停戦合意には不満だけど、醜い権力争いに協力したくはないということでしょう。この戦争の結果を受けて、強権的な指導者を求める風潮が高まるかもしれない…と少し不安もあったんですが、今のところは大丈夫なようです。政権交代や強いリーダーを求めるのは別にいいんですけど、それでまた腐敗した独裁政権が生まれるのは避けてほしいです。

多くの国民は納得していないし、様々な憶測や噂が飛び交い、現政権への不満も高まっていることは事実です。しかし、上記のようにデモを主導している政治家のことも信用していない上に、まだ戒厳令が継続中で、基本的にデモは禁止されているため、エレバンは至って平穏です。お店は普通に開いていて、多くの人は仕事に通っていますし、コロナの感染拡大で閉鎖されていた学校や幼稚園も来週から再開する予定です。

私の見解ですが、今回のような歴史的な停戦合意は、数日で進められるものでもないし、アルメニアやカラバフの政府首脳らが独自で決定できるものではありません。結局ロシアが、戦局を注視しながら、トルコと駆け引きしつつ調整して当事国双方に飲ませたのだろうと思います。実際に、今回の合意内容は、過去にロシアが紛争解決のために提案したものと類似しているという情報もあります。ロシアにとっては、平和維持軍の展開など、この地域でのプレゼンスをさらに高められるメリットがあります。

アゼルバイジャン側にとっては歓迎できる内容だったでしょうが、実際はもっと過酷な条件をアルメニアに対して突きつけていたかもしれず、ロシアがうまく懐柔したのかもしれません。というのも、合意締結の数時間前に、アルメニアとナヒチェバンとの国境付近で、ロシア軍ヘリコプターが撃墜される事件があったのです。すぐにアゼルバイジャン側が誤射したとロシアに謝罪しましたが、タイミングがあまりにも悪すぎ。その後にロシア側は全く問題にしていないし、これを交渉のカードとして使った可能性はないでしょうか…

ちなみに、平和維持軍にトルコが参加するという噂があったり(ロシアは明確に否定)、アルメニアに残されたカラバフ領土の法的地位や難民の帰還プロセス、またアゼルバイジャンに返還される領土内のアルメニアの文化遺産の処遇など、合意内容についてはまだ曖昧な部分が残っています。それがアルメニア人の不安を煽っており、今後いろいろと明らかになっていくと思いますが、場合によっては国民の不満が爆発して、さらに政局が混迷するかもしれません。

いずれにしても、今回の停戦合意はロシアが全面的に主導した可能性が高く、そうであれば、今更アルメニアの政変で覆るものではなく、まして即座にアゼルバイジャンとの戦争に突入しようなんて愚の骨頂です。すでに多くの犠牲が出たというのに、さらに血と涙が流されるだけ…たとえ再び戦争でいくらか領土を取り返したとしても、アゼルバイジャンが反撃して、すぐまた同じ悲劇が繰り返されます。

とはいえ、アルメニア人にとっては受け入れがたい結果で、冷静でいられないのは当然のことです。戦争は勝敗が全てだと書きましたが、彼らの大きな喪失感と悔しさを思うと辛いです。いや、辛いなんて言葉では言い表せないほどの、外国人の私には到底理解できないほどの苦しみでしょう。しかし、いずれは落ち着きを取り戻して、なぜこうなってしまったのか、今後どうすべきなのか冷静に考えて、将来に向けて歩んでいってほしいと思います。

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アゼルバイジャンに返還される領土内にあるダディ修道院。9〜13世紀に建てられたアルメニア教会ですが、アゼルバイジャンは、「アルバニア人が建設した」と全く史実と異なる説明をしています…

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美しい鐘楼。本当に見応えのある修道院でした。

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内部の壁画が有名で、とても神秘的な雰囲気に満ちていました。

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素晴らしいハチュカル(十字架石)も数多く残されています。

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こういう歴史文化遺産がアゼルバイジャンの手に渡ることにも、アルメニア人は深く失望し、また今後どうなるのか心配しています。破壊されずに、大切に保存されることを願います。